【MOVIE】深読みしすぎ?! JUNK WORLDを体感した (ネタバレあるかも?)

映画

観てきたばい、『JUNK WORLD』。今回は劇場で、日本語吹き替え版で堪能。
どこかのインタビューで、堀監督が「日本語吹き替えで観てから、オリジナル版(ゴニョゴニョ版)を観てほしい」と言っとったのを読んでしもうて、それならばと素直に日本語版を見てみるか、ってなったっちゃんね。

ご存知の通り、今作は三部作の第一作目にあたる作品。最初に公開された『JUNK HEAD』が“二作目”にあたるという構成。つまり、これは時間をさかのぼった物語ってことになる。

前作『JUNK HEAD』の熱狂的な支持を受け、堀監督の制作環境もかなりパワーアップしたらしく、今作ではCGなどの新しい技術も導入。
あのストップモーションの緻密さはそのままに、より滑らかでダイナミックな映像に仕上がっとる。
世界観はますます広がり、細部へのこだわりも健在。
画面の隅々まで「堀監督、好き放題やっとるなあ」とニヤリとさせられるばい。

観終わったあとの満足感は、まさに「ああ、待ったかいがあった!」の一言。登場人物の数も大幅に増え、まるで堀監督が「さあ、みなさんご自由に楽しんでください」と作品世界そのものを解き放ってくれたかのよう。
なかでも、短い登場時間でも異様な存在感を放つキャラが多く、そういう“キャラの濃さ”もこのシリーズの魅力やね。

さて、今回とくに印象的だったのが、「タイムリープ」という構造の大胆な使い方。
物語が進む中で、時間が前に進んでいるのか戻っているのか、はたまた並行して進んでいるのか分からなくなる瞬間が何度も訪れる。

この複雑な構成は、観る人によっては「頭がこんがらがる」と感じるかもしれん。ストーリーの分かりやすさという点では、前作よりハードルは高めかもしれんばってん、そこに堀監督の挑戦があるようにも思えたと。

以下、個人のほんっとに勝手な深読み解釈やけど、共有させてもらうばい。

■「時間」という概念そのものの表現

単一の直線ではなく、ループしたり交差したり、重なり合ったりする時間。これは現実世界で感じる“デジャヴ”や、“あれ?これ前にもあった気がする”という体験に通じるもので、私たちの“日常のなかにある非日常”を照らしている気がするっちゃん。

■「繰り返される歴史」への問いかけ

作中では、同じような愚かな選択が繰り返され、結果的に世界が破滅へと向かっていく。
それはまるで「進化と退化」「破壊と創造」を繰り返す人類の歴史そのもののようで、
“私たちは何も学ばないのか?”という問いが投げかけられているようにも感じたんやけど、どうやろう。

■「生命の輪廻」や「魂の再生」の暗喩

タイムリープする中で、同じキャラクターが救われたり、また命を落としたり、いろんなシーンが出てくる。
これは、命が形を変えて受け継がれていく「輪廻転生」や「魂の循環」を象徴しているようにも思えたと。
堀監督の作品では、ジャンク=ゴミではなく、“変化する生命のかたち”としての美しさがあるとやろうね。

■「解釈の余地をあえて残す」演出

堀監督は、すべてを説明し尽くすようなつくりをしていない。
むしろ観客が“自分なりに考える時間”を与えるように、絶妙な距離感で仕掛けてくる。
この突き放し方があるからこそ、観るたびに違う発見があり、何度もリピートしたくなる中毒性が生まれているんやろうね。

正直に言うと、作品のスケールや完成度は今回のほうがずっと高いと思うばってん、個人的にはやっぱり『JUNK HEAD』のほうが好きやった。あのダンジョン探索感や、3バカトリオの愛すべき間抜けさはたまらんかったもんね。

でも今回の『JUNK WORLD』があってこそ、前作がさらに深まるし、全体としてひとつの大きな物語のピースになってるのがわかるけん、やっぱり“これでよかろうもん!”って思える。
また日本語版ならでわのスタッフが声の出演しとるけん、この棒読み感(失礼!)もだんだんツボっくてくるっちゃん。

次作の『JUNK END』(で合ってるよね?)が来るのは、何年後になるかわからんばってん、俺はじっくり、待っとるばい。
楽しみやんな。

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