ジョンブラントといえば、チープトリックのいわゆる低迷期(こういう言い方は好きじゃないけど)を支えたベーシスト。
その頃のアルバム自体は、ほんと良い内容なのに、なして売れんかったのかようわからん。
特に、ドクターを駄作とかいうアホが未だにおるのが、信じられん。
まぁそげなやつはファンじゃないとは思っとる。
ジョンは、トム・ピーターソンが戻ってくることで、チープトリックという船から降りたっちゃん。
1986年頃、リックとトムが個人的な音楽プロジェクトで再びスタジオ入りしたという証言が一部ファンフォーラムやインタビューで語られとう。
そのセッションがきっかけで、「やっぱりこの4人でやるべきやろう」という空気が生まれたっち言われとる。
メンバーの証言
リックは「トムが戻ることは自然な流れだった」と語っとる
トム自身も「リックとの再会がすべての始まりだった」と述べたとされる
(※出典はファン誌や海外インタビュー)
あるファンフォーラムで語られたエピソードばい:
「ジョンは“このバンドの魂は4人が揃ってこそ”って思ってたらしい。だからトムが戻る時、自分がその魂を濁したくなかったって。」
もう目頭が熱くなるばい・・・
音楽誌の記者からは・・
数多のバンドで、メンバー交代は修羅場・ゴタゴタ・遺恨の連続ばってん… ジョン・ブラントは違った。 誰も責めず、恨まず、ファンにもバンドにも優しい形で去った。 その姿に、「彼のようなミュージシャンをもっと尊敬すべき」と書いたほどばい。
そしてここからが泣けるとこ!!
それから12年後。1999年―― チープ・トリック結成25周年記念ライブ『Silver』。 ステージに現れたのは、あのジョン・ブラント。
観客は沸いた。涙した。 “去っても仲間”という言葉が、現実になった瞬間やった。
ジョン・ブラントの選択は「脱退」やなか。
それは「バンドへの愛を示す行動」やった。
ロックは叫ぶものやけど、 ときに沈黙が最大の愛を語る。
それを教えてくれたのが、ジョン・ブラントやったと。
もうちょいかっこよく言うと、1987年――ジョン・ブラントは、チープ・トリックという船から降りた。
音を濁すことなく、バトンをトム・ピーターソンに手渡して去ったその姿は、ロックンロールに宿る“敬意”の体現やった。
それは決して脱退ではなく、「音を置いて、次の者に委ねる」という美学の証。
ジョン・ブラントの脱退劇は、ロック界では珍しい“円満退任”の象徴。
彼はバンドのために尽くし、必要とされなくなったときは静かに去る。
その姿勢こそが、“良い人すぎる伝説”の真髄やね。
敬意を込めて、ジョン・ブラントの軌跡をたどってみるばい
1970年代:D’Thumbsなどシカゴのローカルバンドで活動
ブルース〜ロック系のベース職人として地元で信頼を得る
1981年:チープ・トリックに正式加入
トム・ピーターソン脱退後の“急場の救世主”として招かれる
※と書いたけど、ほんとは、レコーディング中にピータ・コミッタが抜けたけん急遽参加したんやて。
1982〜1986年:チープトリックのスタジオ・アルバムに参加
『One On One』『Next Position Please』『Standing On The Edge』『The Doctor』など
※『One On One』で演奏したのは、”Saturday at Midnight”、”If You Want My Love”、”She’s Tight”の3曲
※など、って書いたのは、映画のサントラに提供した曲とかもあるけん、あえて”など”にしたと。
1987年:トム・ピーターソン復帰に伴い、潔く脱退
1989年:Red Sirenのベーシストとして、『All Is Forgiven』をリリース
いやーメタルガチガチの格好した女性が歌う、アメリカンハードロックぽいサウンドやったばい
Youtubeに動画あった。
1992年:「Widows(ウィドウズ)」『Hollywood Rain(ハリウッド・レイン)』
なんと日本盤が存在!
おそらくジョン・ブラントが参加しとるけん、元チープトリックのジョンブラント参加!!で出たんやろうけど。
アルバムそのものは、傑作!!って感じではなく、時代やなぁって感想。
1999年:チープ・トリック結成25周年ライブ『Silver』に友情出演
「If You Want My Love」などでベースを披露。ファン歓喜の再会
2000年代〜2010年代:音楽支援活動に関与
若手アーティストの育成、イベント支援、レコーディング協力など
※ここはほんと申し訳ないけど推測やけん
なんでかというと、この頃の情報があまりになさすぎて、ファンサイトとか一部の記事ぐらいしか見つけられんかった。
ジョンが裏方としてプロデュースや録音協力をした、ジョンが若手ベーシスト向けのワークショップに関与した可能性があると一部で語られとるという、らしい?レベルやけん、いつかちゃんと聞いてみたいところばい。
そうそう、なんと2003年のエアロスミスとの対バンツアーで、一部のライブでトムが出れんことがあってくさ、なんとそのツアーにトムの代わりにベーシストとして参加しとるばい!!
ツアー名:Rocksimus Maximus Tour
共演バンド:Aerosmith(エアロスミス)
共演といいつつチープトリックはオープニングアクト
時期:2003年夏〜秋頃の一部公演
とうぜんファンの反応は、「まさかの再登場!」「やっぱりこの人、良い人すぎる」と称賛の声多数やったんやて、そりゃそうやろう♫
ジョン・ブラントのいい人伝説更新ばい
正式メンバーではないにもかかわらず、バンドのピンチに駆けつける!!
トムの復帰後も、友情と信頼でステージに立つという異例の展開
まさに「去っても仲間」「譲っても絆は途切れん」ってことばい!!
そして近況:木材ビジネス:Equustock, LLC(2001年〜現在)
消費者製品会社「Equustock, LLC」を共同設立したんやて。この会社は、馬の寝床材、猫のトイレ砂、吸収材、燃料ペレットといった木材ベースの製品に焦点を当てとるんやて。
また2024年には、持続可能性、エネルギー、農業に重点を置いた新しい木材ベースのビジネスの開発に注力していると記事があった!!
また牧場ももっとるって。
元気そうで良かったばい。
生年月日は、1955年2月20日生まれやけん、70歳になられたんやね。
また音楽活動も続けてほしかばい。
なんやったらフェアウェルツアー来てくれてもよかけんね♫
大歓迎ばい!!
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