以前、チープ・トリックとトム・ワーマンのレコーディング風景をのぞいてみらん?って記事を書いたんやけど、意外とアクセス多くてびっくりしたんよね。
「この人、もっと語られてもよくない?」って思ってたけど、どうやら同じこと感じてる人がけっこうおるみたい。
ならば!今回はトム・ワーマンという“静かなヒットメーカー”を俺が全力で再評価してみようと思っとる。
トム・ワーマン
最近だと、トム・ウォーマンって表記をよくみかけるばってん、あえてこの呼び方で。
1945年8月生まれ。
具体的な誕生日はわからんかったばってん、今年80歳!!
CBSレコードのA&Rとしてキャリアをスタート。
A&Rとは「Artists and Repertoire(アーティスト・アンド・レパートリー)」の略で、レコード会社や音楽出版社に所属し、アーティストの発掘・育成・楽曲制作・プロモーションなどを担う仕事ばい。
アーティストの才能を見抜き、それをどう世に出すかを考える“音楽業界のプロデューサー予備軍”とも言える存在。
だからこそ、A&R出身の音楽プロデューサーは、マーケティング感覚と現場感覚の両方を持っとるったい。
この人のこと、海外のサイトとかで調べよったら、Bostonとか出てくる。
Bostonはトムシュルツのセルフ・プロデュースやん?って思っていろいろ見よったら、なんとBostonを見つけて契約まで持っていったというのを見つけたばい。
Bostonのファーストといえば、1000万枚以上売れた史上最高売上のデビュー・アルバムやん!!
いやーほんと見る目すごいわ。
それでもレコード会社に紹介しても、見送られたバンドもあるごたあばってんね。
裏が取れたら追記するかもしれん。
A&Rで、他に有名な人おる?って聞かれたら、迷わず即答、ジョン・ハモンド。
彼は、アーティストの可能性を誰よりも早く見抜いて契約にこぎつけた伝説的なA&Rで、彼の直感がなければ今の音楽シーンはまったく違っていたかもしれん。
ご存じない方のために、発掘・関与したアーティストでいえば、ビリー・ホリデイ、ボブ・ディラン、アレサ・フランクリン、ブルース・スプリングスティーンじゃろうて。
ついでに音楽プロデューサーとレコーディングエンジニアの違いばまとめとこう。
項目 | 音楽プロデューサー | レコーディングエンジニア |
---|---|---|
役割 | 制作全体の統括・方向性の決定 | 音の録音・編集・ミキシング |
主な仕事 | アーティストの選定、楽曲の企画、アレンジ指示、予算管理、プロモーション戦略 | マイクのセッティング、録音機材の操作、音質調整、ミックス作業 |
必要なスキル | 音楽的センス、マーケティング感覚、コミュニケーション力 | 音響機器の知識、録音技術、DAW操作、繊細な耳 |
立ち位置 | クリエイティブな”監督” | 技術的な”職人” |
関わり方 | アーティストと一緒に作品の方向性を決める | プロデューサーやアーティストの指示を受けて音を形にする |
例えるなら、音楽プロデューサーは、映画監督みたいなもん?
レコーディングエンジニアは「撮影監督」や「編集技師」に近い存在かな。
さてさてそれではどんくらいすごい職人なのか、一覧表にしてみたばい。
発売年 | アーティスト | アルバム名 | 推定売上枚数 (米国) |
備考 |
---|---|---|---|---|
1976年 | Ted Nugent | Free-for-All | 約100万枚 | Wermanプロデュース(途中参加) |
1977年 | Ted Nugent | Cat Scratch Fever | 約300万枚 | 代表作 |
1977年 | Cheap Trick | In Color | 約50万枚 | 日本で人気爆発→このあと武道館ね |
1978年 | Cheap Trick | Heaven Tonight | 約100万枚 | “Surrender”収録 |
1979年 | Molly Hatchet | Flirtin’ with Disaster | 約200万枚 | サザン・ロック代表作 |
1979年 | Blue Öyster Cult | Mirrors | 約30万枚未満 | |
1980年 | REO Speedwagon | Hi Infidelity | 約1,000万枚 | Werman最大ヒット作 |
1982年 | REO Speedwagon | Good Trouble | 約200万枚 | 前作の勢いを継続 |
1983年 | Mötley Crüe | Shout at the Devil | 約400万枚 | LAメタルの象徴 |
1984年 | Twisted Sister | Stay Hungry | 約300万枚 | “We’re Not Gonna Take It”収録 |
1984年 | REO Speedwagon | Wheels Are Turnin’ | 約300万枚 | “Can’t Fight This Feeling”収録 |
1985年 | Mötley Crüe | Theatre of Pain | 約400万枚 | “Home Sweet Home”収録 |
1987年 | Mötley Crüe | Girls, Girls, Girls | 約400万枚 |
時代とはいえ、めっちゃヒットアルバムに関わっとるやん。
その中で、一枚異質のアルバムがあるのは気付いた?
ブルー・オイスター・カルトのMirrorsばい。
このアルバムは、それまでのプロデューサーだったサンディ・パールマンからトム・ワーマンに交代した作品で、バンドの初期のサウンドから、もっとラジオで流れやすい、洗練されたサウンドに変わっとる。それまでの彼らの音楽スタイル、つまりダークでハードなロックから、もっとポップで売れ線ば狙ったサウンドに変わってしまったけん、古くからのファンは物足りなさを感じたっちゃろうね。
レコード会社からのプレッシャーもあって、ヒットを出すために音楽性を変えたっていう見方が強か。
音楽の世界では、やっぱ売れんときびしいもんもあるけんねぇ。
新しい挑戦ばすると、今までのファンからは受け入れられんことも多かもんね。
でも、トム・ワーマンがプロデュースしたことで、ブルー・オイスター・カルトが新しい層のリスナーに届いた面もあるっちゃなかろうか、と思いたか。
次のアルバムでは、ディープ・パープルやブラック・サバス、アイアン・メイデンとか手掛けたマーティン・バーチがプロデューサーとして参加し、Mirrorsより売れた、ってオチはあるばってん。
これだけのヒットを生み出してるのに、トム・ワーマンの名前ってあんまり語られん。
その理由はたぶんいくつかある。
まず、プロデューサーって基本的に“裏方”やけん、アーティストほど目立たん。 しかもトム・ワーマンは、派手な演出や自己主張をせず、職人型のプロデューサー。
「音で語る」タイプやけん、メディア露出も少ない。
さらに、チープ・トリックとの関係がちょっと複雑で、後年メンバーが「ワーマンのプロデュースは気に入ってなかった」みたいな発言もあったりして、 それが評価を曇らせた部分もあるかもしれん。
でも、それでもやっぱり、あの音は、今も生きとる。
間違いなく“70〜80年代の空気”をまとっとう。
その音に触れるたび、“あの頃”が息を吹き返す。
彼の仕事は、今も生きとる。
最後に、海外のインタビューで見つけたレコーデイングの裏話を。
インタビュワーも、それ、言うてよかと??って言ってたぐらい。
アルバムの曲順を決める時に、一番イマイチな曲は、B面の2曲目にする、んやて。
これでトム・ワーマンがプロデュースしたアルバムを聞く時に、何か聞き方が変わる気がせん?
そうそう海外では、トム・ワーマンのレコーディング話(まぁ音楽生活の自叙伝みたいなの?)の本が出とる。
いろんなアーティストとの裏話とかいろいろ載っとるごたあけん、読んでみたかばい。
日本語対訳本、出たらよかねぇ。
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